2001.10.6

ファッション消費者文化構造の解読に対する一考察
−エスノグラフィーとアートグラフィーの統合−

発表者:川中美津子(相愛女子短期大学)
菅原 正博(宝塚造形芸術大学)

  1. はじめに

    今回は、「感性商品」「感性産業」に意味づけ(Meaning)をする「文化的枠組み」を提供する「消費者文化」(Consumer Culture)論を取り上げたい。実際には、感性が重要性を占める「ファッション」とか「広告」といった「意味づけ産業」で用いられる感性の概念は、定性的な概念が主流をしめているにもかかわらず、これまでは感性の定量化を基盤にした研究が感性工学として中心に行われてきた。これまでの定量化を基盤にして研究されてきた感性工学は「快適学」に収斂されつつある。それに対して定性的概念を基盤にしたもう一つの感性工学を「快楽学」という形で体系化が可能になってきている。

    もともと消費生活は、この快楽性が基盤になっているが、それが最近では「消費者文化学」として収斂しつつある。そこで、このもう一つの感性工学である「快楽学」を基盤にした「消費者文化学」的視点にたって、消費者文化の断層を解読する方法論に関する実証研究のあり方を報告する。

  2. 本研究の課題

    つい最近、山本耀司は「身体と衣服の新しい関わりを探る」というテーマで講演を行ったが、ファッションにおけるテイスト分析の重要性に関して次のように述べている。「身体と衣服について語るといっても語りきれない。ファッションは幅が広い。ファッションを論じる場合、服だけでなく生活、好みを論じなければならない。日本は、物を考えたりテーストを考えるといった数値にしにくい物に、国が本気にならない。だからいい才能がみんな海外へ行ってしまう。」(繊研新聞、2001,8,30)

    1. 快適学的アプローチ
      感性工学の研究領域では、従来型の生産工学を基本にした視点から[商品]や「産業」の「感性」という一つの側面を取り上げるケースが中心であった。例えば、「ファッション」という「感性」を取り上げる場合でも、「繊維素材の風合い測定研究」等のように従来の繊維生産および衣服生産と関わりをもっている生産工学での感性側面を定量的にとらえる研究、例えば「人間工学」(Ergonomics)が主体であった。

    2. 快楽学的アプローチ
      感性工学は感性の持つ生理的・心理的側面を重視してきたのに対して、感性のもつ文化的・美学的側面を重視するもう一方の極に当たる「快楽学」(Hedonomics)が存在する。この快楽学は人間工学ほど体系だった研究領域を確立するに至っていないがファッション、広告、エンターテイメントといったいイメージや「喜び(Pleasure)」または「エンジョイ」といった感性を対象にしている。

      ブランドの付いているスカーフに対して、普通のスカーフよりも2倍の対価を支払うということは、機能的利便性よりも快楽的価値性を重視しているということを意味する。この快楽学的消費を体系化したものが消費者文化論である。特に最近欧米を中心としてポストモダニズム的視点にたった「消費者文化」(Consumer Culture)論が展開されつつある。「消費者文化」という社会学、文化人類学、経験美学といった視点にたった研究が「感性商品」や「感性産業」を研究領域と仕始めている。

      そこで、本研究では「感性商品」や憾性産業をこういった「消費者文化論」の視点にたって、その消費者文化論の意味づけ機能を果たしている「テイスト(Taste)」の解読方法における「定性的調査」の有効性に関する実証研究の一端を報告する。ここでは「ファッション商品」「ファッション産業」に限定して考察を進めたい。


  3. 研究方法

    1. エスノグラフィーによるライフステージ分析
      従来の定量的研究では、これまで消費者行動を探ろうとする場合、年齢で区切り、多数の調査対象者にアンケート等の調査を行う定量的調査を行い、年齢層での分析が行われてきた。しかし、単にどのような服を着ているかという問題のみならず、どのように着ているかという問題をも含んでいることをふまえて、消費者が「なにを求めているか」を知ろうとする場合、「人の出自、姿勢や体型、態度、歩き方、振る舞い、しゃべり方、身体に現れる快/不快の感覚」などを総合的に知る必要が出てくる、とフェザーストンはいう。そこで、消費者文化論の研究領域で近年注目されている定性的調査は、エスノグラフィー(民族誌)である。エスノグラフィー分析の特徴は、以下のような3点が注目されている。

      1. エスノグラフィー分析は、単なるデータの収集方法の一種ではなく、文化が人々の 行動を構築し、また同時にこれによって構築される過程(way)を明らかにする。
      2. 認知を問題にするのではなく、行動の型を問題にする。
      3. 主観的な意味(emic)と比較による解釈(etic)の両方を行う。

      また、方法論的特性は質問して答えてもらうよりも、自然のままの行動や会話に注意を向け、行動の社会的・文化的パターンの抽出に関心が示される。解釈の仕方や会話を記録したり、様々な生活場面で用いられるモノを記録し、消費者をこのような視点でとらえ、内面的な規範、価値、信条等を探るものである。最近では調査対象者が属するライフステージ別の消費者文化を解読するためにエスノグラフィーが有効であるといわれている。特に、ファッション・マーケティングの研究領域において消費者文化をのつぎのライフ・ステージに区別してきている。

      1. ヤング・アダルト世代 (18歳~22歳位)
      2. キャリア・アダルト世代 (25歳~29歳位)
      3. マチュア・アダルト世代 (50歳~54歳位)

    2. アートグラフィーによるスタイリング分析、洋服のデザインにおけるスタイリングテーマは
      1. スタイリングイメージ:総合的な雰囲気
      2. テキスタイルイメージ:素材からのイメージ
      3. カラーイメージ:色からのイメージ
      4. シルエットイメージ:全体の形からのイメージ
      5. デザインイメージ:洋服のディテールからのイメージ

      という5つの要素の総合として一般的に認知される。 そこでこのスタイリングテーマを「ソフィスティケート」⇔「カントリー」「エレガンス」⇔「アクティブ」「ロマンティック」⇔「マニッシュ」「エスニック」⇔「モダン」の4本の軸の上にカテゴライズすると「コンテンポラリーキャリア」「エレガンスリッチ」「ソフトフェミニン」「エスニックカントリー」「アクティヴスポーツ」「トラディショナルベーシック」の6つにまとめられる。(資料1)また6つのスタイリングテーマはそれを構成する5つの要素で整理ができる。(資料2)

      消費者文化構造を支えているテイスト的側面はエスノグラフィー的ライフステージ分析とアートグラフィー的スタイリングテーマによって構成される、という仮説をたてた。この仮説を検証するために、今回は3つのライフ・ステージの中から、マチュア・アダルト世代の消費者文化構造を探る調査として、50歳以上の女性5名をインフォーマントとしたエスノグラフーによる調査と「自分のなりたいイメージをマップにコラージュしてもらう」という投影手法を基本にしたアートグラフィーによる調査との2段構えの調査を行った。

    3. エスノグラフィー調査
      ファッションビジネス学会誌(Vol.6、2000.12)に橘・川中らが報告した"世代間におけるファッション意識と行動に関する一考察"でマチュア・アダルト世代の特徴は、総合的にみて次のようなことがいえる。自由裁量金額は多く、ファッションヘの関心も支出金も高く、家族と健康に対して高い関心を持っている。ガーデニング等を楽しみ、地域との交流を活発に行っている。ファッションや・流行の情報源は雑誌と店頭陳列がほぼ同率で高い割合いを示している。しかし、今回のエスノグラフィー調査では、自由裁量金額は子育てが終わっているかどうかによって大きく違っている。また、ファッション・流行の情報源も雑誌よりは店頭陳列や販売員のアドバイスによるところが大きい。雑誌は見るが、体型等のことか、参考になりにくいという現実が浮かびあがってきた。

      今回エスノグラフィーによる調査では、5人のインフォーマントを対象にしたディプスインタビューの内容を解読し、そこから「育った環境」「老いへの気づき」「ファッション感」の3点にそって抽出した。

    4. アートグラフィー調査
      また、「自分のなりたいイメージをマップにコラージュしてもらう」という投影手法を基本にしたアートグラフィーによる調査を行った。これは、エスノグラフィー調査ではなかなか言葉に言い表せない感覚的なイメージを補うものである。このアートグラフィーにより行ったファッションクラスター分類とスタイリングテーマのポジショニング分析から以下のような結果が読みとれる。

  4. .結果

    • 事例1A子さん 50歳 元デザイナー・パタンナー京都市在住
      <アートグラフィー分析>
      子供の頃から自分でデザインした物を作ってもらうなど洋服へのこだわりは強く、年齢相応のデザインや質・素材にこだわりを持っていた母親の影響が強い。シンプルでいて、なにか1つ面白い所のあるデザインを好み、人と同じ物や年相応といわれる服は着たくない。夫婦で結婚前からダンスを楽しむ。長い髪は編み込んで1本にしている。白のTシャツにAライン風のジャンドレ。ノーメーク。

      <アートグラフィー分析>
      シンプルで機能的、都会的ですきりしたイメージ。柔軟性のあるニット。ニュートラルカラー、シックなカラートーン。スリムなストレートライン。

    • 事例2B子さん 52歳 短期大学勤務 大阪市在住
      <アートグラフィー分析>
      子供の頃から2歳下の妹さんとお揃いや色違い、デザイン違いの服が多く、帽子を良くかぶっていた。子供の頃から妹さんとの関係からブルーや紺系統の色が多く、現在も黒、紺、グレーが中心。身長が高いので、すっきりした服装を好む。昨年頃からベージュ等の淡い色や、花柄に挑戦。1男3女の良き母親で家族が大切。ショートカット。

      <アートグラフィー分析>
      幾何学的、直線的なイメージ。張りのある素材。ダークトーンのブルー、グレー。ストレートなボックスシルエット。かっちりとした仕立ての良い服。

    • 事例3C子さん 58歳 主婦(翻訳業のご主人の助手) 八尾市在住
      <アートグラフィー分析>
      子供の頃から24歳頃までピンクや赤い色、フリルやレース・刺繍をした服を多く着た。夏のワンピース等は母親が作ってくれたが、それ以外は眺え(洋装店ではない)。現在84歳のお母さんは10年ほど前までボディスーツを着用。若い頃から赤等は着なかったので、娘にはかわいい物を着せたかったようだ。結婚前は細かったので、淡い色の無地のローンのワンピース等が多かったが、少し肥えてきてからはいろいろな色がミックスしたワンピースが、体型を目立たせないので多くなった。濃紺に濃いピンクや黄色の花柄のツインニット。茶色の髪は大きなウェーブのあるセミロング。

      <アートグラフィー分析>
      女性的なイメージ。高級感のあるシルク。ベルベット。自然なゆとりのあるAラインやプリンセスライン。エレガンスアイテム。

  5. 考察

    消費者文化構造を支えているテイストは、エスノグラフィー的ライフスタイル分析とアートグラフィー的スタイリング分析の2つの側面によって構成されている。(資料3)同じライフステージに属していながらも3人のインフォーマントのポジショニングの違いは、一般には個性による違いとして理解されているものである。しかしこれは、アートグラフィーによる分析が、個性やテイストという主観的で、漠然としたイメージやアイデンティティをカテゴライズした結果といえよう。

    ライフステージ間の境界線が薄れてきている今日、ライフステージを中心としたエスノグラフィーとアートグラフィーの2軸による分析が、ファッション消費者行動の解読に、より有効的に作用すると思われる。今回はマチュア・アダルト世代の女性での調査報告を行ったが、引き続きマチュア・アダルト世代の女性での補充調査を行うと共に、ヤング・アダルト世代、キャリア・アダルト世代、マチュア・アダルト世代の世代間の違いを総合的に検討する予定である。また今回はエスノグラフィーとアートグラフィーとの統合化を取り上げたが、この統合化論をさらに進化させて、経験経済的な視点にたった「ホリスティック」(全体論)的な視点を理論的に掘り下げる研究に取り組んでいきたい。

以上