研究会ウェアラブル・コンピュータ研究会
  文化女子大学 教授 林 泉
会 場7F ホール
テーマウェアラブル・コンピュータ
コンピュータの進展は、まさに高機能化、小型化、低価格化、携帯化、モバイル化など我々の常識からはるかかなたへと急速な進歩を遂げている。

ふりかえって見ると、1997年MIT(Massachusetts lnshtute of Technology)メディアラボ研究所(The Media Laboratory)のNicholas Negroponte所長からウェアラブルコンピュータシンポジュームヘの共同研究という、当時としては、とても考えられないようなお話を文化服装学院が頂いたとき、まずウェアラブルとはいったい何なのかという疑問から始まった。ウェアラブル・コンピュータとはwear+ables computerつまり「着る+着られる」コンピュータであり、「身にまとうコンピュータ」すなわち「情報を着ること」である。「コンピュータとファッションとのドッキング」への協力である。とMITから回答を頂いても、とても当時はインターネットやメイルでさえ特定の人を除いて、まだ一般化されていなっかった時代であった為、それを理解するのに大変な努力を要した記憶がある。

1997年10月15日MITで行われた97 "I・S・W・C(インターナショナル・シンポジューム・ウェアラブル・コンピュータ)" の学会には多くの世界からの研究者が集まった。ホスト役は、a.k.a. Star Trecks Mr.Spock(スタートレックのミスタースポック)(俳優兼監督のLenoard Nimoy)であった。最初のセッションではMITのペントラント教授によってウェアラブル・コンピュータの概念が発表され「自分を増強するツール」と表現しこの方法でインテリジェント環境を作れば「ピッグブラザー(独裁的権力を持つ人)の他のアブローチによる危機を回避するのに役立つ」と指摘された。そして最終的にはウェアラブルによつて我々の個人の情報すべてが,CD、リファレンスブック、フォトアルバムから保証書、領収書に至るまでがどこの場所でも利用できるようになると発表された。

そして、このウェアラブルのショーに先立ちRosalind Picard教授が情緒的コンピューテイングについて述べられた。メガネとカメラを例に取りながら、情緒的コンピューティングとは感情から発生する、または感情に訴えるコンピューティングを意味する。情緒的コンピューティングはユーザーの感情面の反応を知る類まれなツールであって、筋肉の緊張を完治する眼鏡なら混乱という表現を検出し伝達出来る。又皮膚電気を感知すテカメラなら記憶したイメージを応答内容に応じて調整できると発表された。更に、世界的に有名な宝石デザイナーのHarry Winstonのデザインしたブローチはダイアモンドとルピーが施され、心臓と鼓動とともに光を放つコンピュータアクセサリーであった。

このようにさまざまな研究成果の発表の前にNicholas Negroponte(Media Labの創立者)がMedia Labの理念と歴史と伝統を再確認し“異端”と見られる新技術を追求すること、ウェアラブル品の持つ型破りな性質もそうした伝統に沿っていると述べられた。Media Labが最初の一歩を踏み出したとき、アメリカの有名な新聞社は「我々をほら吹き集団と呼ぴ、ケーキにかける粉砂糖だ(不要な添え物)に過ぎない」と評価されたが、しかし、その12年後ケーキそのものになったことが判明したと述べられた。このとき、Media Labの学生の普段着のLevisジヤケットの胸には楽器に変身してみせたコンピュータのキーボードが縫い付けられ、MIDIシンセサイザーとスピーカーを装備したジャケットは学会の時のユニホームになっていた。「Wear Ware Where?」のセッションでは、人間と情報社会をワイヤーでつなぐ衣服のあり方についてMichsel Hawley教授が概要を述べた。


彼自身1996年4月のボストンマラソンに「ワイアリング装備」をつけて参加し彼の理論を検証したが、「保温でなく体温に反応する自分だけのサーモスタットを持つことなど考えられ、このような技術が将来の医療装置を発展させるであろう」と発表された。彼らたちは「どうやって使うのか」、「ウェアラブル品が日々の生活と一体化するには」、「目立たなくするには、ハイテクとの混乱をなくすことがひとつのかぎである」と述ベ、更に体内にデータと動力を送るネットワーク・ファブリックに縫い付けた回路、靴からエネルギーを回収するインサート(差し込み)など、そしてチップに代わる物質などを用いたコンピュータの例を挙げ、ウェアラブル・コンピュータがこれから市民権をもつことは疑う余地がないとしめくくられた。

ウェアラブル・コンピュータ学会は多くの研究者やスポンサーたちで熱気をおびていたが、やはり今回のハイライトはMedia Labの一般公開中に開催された「サイバーファッションショー」「Beauty and the Bits」であった。未来のハイファッションを試作するため、Media Labは国内外のデザインスクールに協力を求め、次の4校の学生から支援を得た。文化服装学院(日本)、Creapole(パリ)、Domus(ミラノ)、Persons school of Design(ニューョーク)これら4校は多くのデザインチームを編成し100点近くのレンダーリングを事前にMITに提出し各学校から2名ないし3名の学生が1ケ月MITの研究者と検討を重ねてウェアラブル、すなわち身にまとうコンピュータファッションが40点近く製作された。その中の25点が文化服装学院の作品であった。

それらの作品は、学生の感性によるファッション性とMITで開発されているコンピュータとがドッキングしたものであったが、単なるファッション的表現に加え、2方向性通信機能をそなえたものや、ディスブレイ、センサー、入力装置、接続ケーブルと言った機器類が衣装や帽子、靴、ジュエリーなどの装備品の一部として組み込まれたり、ファブリック自体に縫い付けられたものなど、様々であった。全体的な作品の特徴は、これからの末来に向かってのコンピュータヘ込められた願望であり、使う側である消費者サイドの要求が視野に入れられたものであった。そのような作品製作からショー本番まで、MITにおける「サーバーファションショー」、すなわち第1回のウェアラブル・ファッションショーを無事、成功に終えることが出来た。

翌年1998年10月15日、昨年と同じ日時には、第2回「ウェアラブル・コンピュータ」のシンポジュウムが朝日新間社120周年記念イベントとして文化学園20階のホールで行われた。朝目新聞社が主催、文化学園の協力で、IBM・NEC・セイコーインスツルメンツ・NTT・DOCOMO・ザイブナーなどの企業とデジタル技術の専門校である「デジタルハリウッド」の協力を得ながら、ウェアラブル・コンピュータファッションの第2弾が製作され、そのショーがシンポジュームの中で展開された。当日は、はじめにMITのジュディス・ダナスMITメデイアラボ助教授の講演があり、その後、東大の広瀬教授、朝日新間社の服部氏、IBMの豊川パワーポータブル担当次長、ザイブナーの本井ディレクター、NTTの福本氏、そしてデジタル関連で有名な高城氏らによるシンポジュウムが行なわれた。それらは参加した日本のコンピュータ関係者にとっても非常に興味のあるテーマであり、会場は今までのファッション関係者とは違った人たちの熱気に包まれていた。講演、企業のセッションとMITにおけるシンポジュームと同様な流れの中で、ハイライトとして第2回のウェアラブル・ファッションショーが前回とは演出をかえたかたちで行なわれ、成功に終わった。その後も文化服装学院では1999年、2000年と継続してウェアラブル・ファッションの研究、ショーが客員教授である東京大学の石井教授と文化服装学院の曽根教授によって行われている。


ウェアラブル・コンピュータの経緯を考えたとき、1980年MITの学生だったSteve Mannがコンピュータを体に巻きつけた、「いつでも、どこでも使いたい」という要求がはじまりで、1990年代になって電子機器の携帯化の技術を象徴するものになり、PDA(Personal Digital Assistant)へと発展し、今日に至っているのではなかろうか。Steve Mannはウェアラブル・コンピュータの定義に「恒常性」、「増幅性」、介在性」の3つを提唱している。

「恒常性」とはいつでも、使う人間が利用可能であることを意味しリアルとパーチヤルの両方の世界を容易に使えることで、Always ONでなくてはならない。「増幅性」とはコンピュータでひとつの情報処理を行いながら更にそれを増強する違った作業も同時に行うこと。そのためにはHands Freeであり、より小さく身にまとうコンピュータでなくてはならない。「介在性」とは、我々が基本的に考えている洋服として着るという特性であって、人間の身体を何かの物体に仮定し、カプセル化してコンピュータが体の一部として稼動するという、サイボーグにおける機械と人間の関係に近いものである。一方では人間とコンピュータの関係がより重要になっている現在、ソニーコンピュータサイエンス研究所(CSL)の暦本氏は「テクノロジーの研究だけではなく、より革新的なコンセプトスタディや、空間やファッションなどのデザインスタディまで含めた新しい提案を進めていきたい」と述べている。

今後は、人間を取り巻く情報環境を全体としてデザインしていくようになると推測される。ここで我々本来の研究である「ウェアラブル・コンピュータとファッション」に立ち返って見ると、現在のコンピュータはテクノロジーや機能が優先されており、MITでも提案されたとおり、それがファッショナブルな形態へとさらに進化しない限り、ユーザサイドからの需要は望めないであろう事が確信される。昨年1999年ロサンゼルスで開催されたSIGGRAPH(Special lnterest Groupon Computer Graphics)ではMITからも多くの研究者が参加しており、その中ではウェアラブル・コンピュータが更に進化して、先般のように衣服に機器が縫い付けられているのではなく繊維自体、衣服に縫いこめるケーブル糸(Conduchve Thred)など素材的なものに関する研究開発が進められ、それによってコンピュータを自由に着こなせる衣服が話題になっていた。しかし、やはりそこでも当然のごとくテクノロジーが優先されており、ファッション性が高まっていないことを認識させられた。これから我々の課題は、現在のIT(インフオメーション・テクノロジー)時代を踏まえながら、よりファッション性を加味したウェアラブル・コンピュータ・ファッションを追求することである。

本格的なIT時代を向かえ爆発的に普及している先端電子機器に携帯電話があるが、これは使ってみれば「持ち運ぴが楽」、「操作が簡単」、「いつでもどこでも使用可能」と、まさにウェアラブル・コンピュータといえるものである。特にそのメール機能は、様々な情報収集を簡易にしながら、ピジネスにおけるいかに創造的な時間を作り出すかという「時間競争」の中で、分析、報告、対応策をまとめる習慣づけなど、仕事を効率化し、さらにコストも安価という、若者文化発であった携帯電話をピジネス戦略の道其にまで進化させているのである。数年前までは夢物語りであったことが現実の生活に入り込んできている現在、これは我々が想像する一過点にすぎないものかもしれないが、現実を直視するならぱ、そのファッション性についても追求する必要があると考えている。